デートしようか 01




外回りから帰る途中の電車は、人を飲んで吐いてを繰り返す。

俺たちと同じようにこれから勤め先へ戻るのか、はたまた仕事を終えて帰るのか、すし詰めとまでは言わないが、それなりに混みはじめた電車の窓から、いつもと同じように鬼さんと並んでぼんやりと景色を眺めた。

吊革につかまりながら見えるものは、いつも通り。何も変わらない。

二人でとりとめもなく話しながら、夢の国の入り口とも言える駅を何度も通り過ぎたことはある。

けれど、そこに降りたことは一度もなかった。

昼間に電車の中から見れば、そこだけが妙なほどに白々としていてぽっかりと日常から切り離されていたし、夜に見れば華美ではなく品の良い穏やかな明かりにぼうっと包まれていて、それはそれでやっぱり現実味がない。

少なくとも、俺が行くことはないだろうなと思った。

ああいうアトラクションが嫌いなわけじゃないし、後輩たちを連れて行ったらそれはそれできっと楽しい。 でも自分が楽しむために行くことはないだろうなと思っていた。

夢の国。言い得て妙なほどだ。夢がすぎるから、俺にはあまり向かない。


「きれいなもんだなあ」


ちらりと横目で見ると、鬼さんが楽しそうに笑みを浮かべている。

子どものような目の色はしているが、浮かべている表情は大人がそういう子どもを見るように穏やかなもので、この人のこういう、大人と子どもが同時にそこにあるような不思議さはいつだって俺の目をとめる。


「そうですね」


もう少し見ていたいなと思いながら、俺も鬼さんが見ている景色を眺める。

きれいだ。

あんたはあそこに行ったこと、あるかい。

俺はないよ。あんたなら好きそうだし、なんだか似合う気がする。

テレビでよく見るあのねずみの耳の飾りとか、結構はまる気がするけど。

行ってみればいいのに。


(おれのことはいいから、だれかと)


「――義丸?」


声をかけられて、思わず顔を見た。

そんな俺を、鬼さんがその大人なんだか子どもなんだかわからない黒い目をまたたかせて、少しばかり驚いた様子で見つめていた。


「……あ、いや、……すんません、ぼうっとしてて」

「疲れてんのか」

「いやいや」

「お前ェ、ここんとこあちこち飛び回りっぱなしだったからなあ」

「おかげでマイル貯めさせてもらってますけどね」


はは、と軽く笑って返しても、鬼さんの顔はちっとも笑わない。

まずったなと思いながら吊革から手を離して、頭を掻いた。

そんな俺を見て、鬼さんはポケットからガラケーを取り出し、ぽちぽちとボタンを操作しはじめる。


「ヨシ、この後会社で急ぐもんあるか?」

「あー……まあ、急ぎっつうか、メールチェックと、今日の報告書くらいですかね」

「俺宛だろ」

「まあ」

「ならそれは明日でいい」


上長命令だからな、なんて笑って言いながらも、ちっとも俺の方を見ない。

こんなふうに俺と話しながらも、ぽちぽちとボタンをいじるのをやめない鬼さんは珍しい。行儀のいい鬼さんは、他人と話しているときにはほとんど携帯を見たり、触ったりすることがないからだ。

鬼さんは何やらメールを打っていたらしく、最後に少し大きめのボタンを押して画面を見つめた後、よし、と頷いて、ようやく俺の方を見た。


「今日は一軒寄ってから直帰だ、付き合えよ」

「いいですけど、あんた仕事は?」

「明日でいいだろ。俺も急ぐもんはねえしな」


鬼さんがいいのなら俺は別に構わないのだが、かえって気を遣わせたのかもしれない。口ぶりからして、一軒というのは客のところではなく、おそらく飲み屋だろう。

次の停車駅を告げる車内アナウンスが流れ始めると、電車はそれに応じてゆっくりと速度を落とし始める。


「よし、降りるぞ」

「は?」


素っ頓狂な声を上げた俺を見て、鬼さんはにこにこと笑っている。


「付き合うって言ったろ」

「どこに」

「ディズニーランド」

「言ってねえ、ぜんっぜん言ってねえよ鬼さん」


そうか? と鬼さんはどこかとぼけた様子で首を傾げた。

俺たちの前の座席に座っている女子高生三人がくすくすと笑い始めた声まで聞こえてくる。


「どうせ直帰なんだ、構いやしねえだろ」

「いや、そうじゃなくて……」


そうじゃなくてですね……と言いかけたあたりで電車が止まった。


「ほら、降りるぞ」


ぐいっと鞄を持つ腕を掴んで引かれる。

嘘だろ、マジかよ、と思っている間にも鬼さんは俺の腕を引いたまま、すいません、と人の間をぐいぐい抜けていく。人の目線が少しばかり痛かったが、女子高生三人はきゃーあらあらまあ、みたいな顔して俺たちを見ていて、女ってのはいくつになってもこういうネタ好きだよな、と思ったし、SNSに呟かれてそうだよな、と思った。

たたらを踏むみたいにしてドアから外に出ると、すぐにドアが閉まって、また電車が動き始める。

あーあー……とそれを半ば諦めがちに見ていたら、車内で女子高生三人が揃ってファイト! みたいなガッツポーズを俺たちに向かってめいめいに見せていた。


(いや、だから……何を頑張れってんだ……)


今更言ったところであの三人に聞こえるわけもなく、今頃どこかのアカウントからあの様子が発信されているのかと思うと何だかどっと疲れてくる。

げんなりと肩を落としつつあった俺の横で、鬼さんは満足そうに片手でガッツポーズを取ったまま、電車を満足げに見送っていた。  



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